AdeKode

アウトドア&インドア。アクティブ学生20歳の毎日…

スマート・ミニマリストな生活に憧れているのかという自問自答

僕は、スマートな生活、ミニマリスト的な生活がしたい。

しかし、それができていない理由はお金がないから。もし僕に余りあるお金があるとすれば、まず現在自分が使用している物、例えばスマートフォンしかり、PC、イヤホン、財布、筆記用具などに関してそれは本当に必要なものなのか、はたまた、スマートな生活をするにあたってそれは必要のないもの、ほかのもっと優れた物に変えていく作業から始めたい。

そのような作業をした先に、ミニマリスト的な生活があるのだと思う。まずは、捨てること、そこから再構成することで、自分にとって本当に必要な物だけが残るのだろう。片付けのスペシャリストの「近藤真理恵」(通称コンマリ)さんは、『自分がときめくものだけを残せ』と言っていた。そんな作業を僕も実行してみたい。

部屋に縛られる

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今は、物があふれかえる部屋で生活している。僕は進学の都合上20歳になってもまだ実家から出ていくことはない。そんな、小学生の頃から過ごしている自分の部屋の勉強机の中には、小学生の時の思い出の品がいまだに整理されずに残っていた。これらは、捨てようと思ってもなかなか捨てられないものだ。

それらを捨てることがまず、自分がスマートになる第一歩なのかもしれない。でも、できない。だから、早くこの部屋を出ていきたい。この部屋は片づけないと誓っている。

目指すべきは「ミニマリスト」なのか

ミニマリストというのは、必要最低限の物だけを残して生活する人のことだと僕は認識しています。中には、キャリーバックに入るだけの物で生活しているという人も存在するそうです。

でも、物に囲まれていないと寂しいかもしれないと僕は思います。ここまで来て初めて、僕が目指したいのはミニマリストなのか。という疑問が生じてしまった。

僕は物に囲まれてぬくぬくするのが好きだ。でも、ミニマリストに憧れると題してこの記事を書き始めた。記事の頭に書いたことは僕の理想だ。でも、その理想は余計な物は捨てたいし、今使っている物で、ときめかないもの、もっと優れた物があるなら買い替えて使いたいという、ただ自分が満足するものを使いたいだけで、物を極限まで減らして必要最低限の物で生活したいわけではないのだ。

だから、僕はミニマリストになりたいわけではないのだ。

僕はミニマリストの一部に憧れている

僕はミニマリストに憧れているのではない。ミニマリストの要素の一部に憧れを抱いている。一部というのは、断捨離の精神。物への執着はなくしていきたい。

しかし、極端にものを減らすのは、僕の中では違うと思った。たぶん、必要最低限の物だけが存在する部屋は圧倒的違和感を感じるに違いないだろう。

いいものだけを残したい。使いたい。それがおれの臨む生き方。中途半端な物で満足したくない。ただそれだけである。